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ぼくの望みはなんでも [マンガ]

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もうかれこれ2~3年ほど、毎月コロコロコミックを買い続けている。もちろん(?)私はそんなに愛読者ではなくて、コドモ(主にサンナン)が妖怪ウォッチやベイブレードの情報を得たり、かなりどうでも良いおバカマンガの数々を読んで笑ったりしている。中二のチョウナンもチョコチョコ読んで笑っているが、中身は相当なくだらなさである。

コロコロは私も昔(たぶん小中学生ぐらいの頃だと思う)、一時期買っていた時があって、当時はミニ四駆が全盛だった気がするが、そういうのはあんまり興味がなく(作ったけど)、どちらかと言うとマンガを読んでいたのだと思う(ファミコンロッキーとか)。確かその当時に、映画版ドラえもんの原作が何本か入った1000ページある特別号みたいなのが発売され、喜んで買って読んでいたのを覚えている。1000ページなので相当分厚く、枕にして寝るには少し高かったことを、なぜか覚えている。きっと何度も読んだと思うが、その割には、あまり、というかほぼ全く内容を覚えていない。確か同時期に、藤子不二雄先生(まだお二人の頃)のいろんな作品が載った、同じく1000ページの特別号も発売され、それも買った。「魔太郎がくる」や「まんが道」はそれで初めて読んだのだったと思う。さすがにもう捨てただろうか。実家に残ってないかなー。書いていたら読みたくなってきた。

それで、今も変わらずコロコロにドラえもんは掲載されていて(たぶん昔のを少しリニューアルしているのだと思う)、久しぶりに見てみたら、スネ夫が相変わらずスネ夫だったので笑ったのだった、という冒頭の写真。良いなあスネ夫は、家庭がゆたかで。


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ファンタジーと言っても [マンガ]

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Twitterを眺めていたら流れてきた「約束のネバーランド」という作品。ケンドーコバヤシが絶賛してたのが気になって、絵も割と好みだったし、まだ1巻が出たばかりで付いていける(最近は、話題になった頃にはもう5~6巻出てて付いていけないことがよくある)とばかりに、本屋に行った相方さんにお願いして買ってきてもらった。多くの少年少女が生活を共にする孤児院を舞台に、ある秘密に気付いた3人の少年少女が、孤児院からの脱走を計画するというお話。

誰かが「謎解き脱獄ファンタジー」とか書いていたのでてっきり「リアル脱出ゲーム+七つの大罪(ちゃんと読んだことないからイメージ)」みたいなことかと思ってたら、「デスノートをさらにえげつない設定にしました」みたいなもので、かなりの衝撃を受ける。完全に表紙のイメージに騙されたなー。ファンタジーって言ってもすっごいダークな方である。というか、ファンタジーか、これ?

予告によると最初3巻までは脱獄編だそうで、じゃあその後、どうなるんだろう。まあでもこの設定なら脱獄したところでやることは色々ありそうで、先は長そうな気もする。是非とも頑張って平和な世界を取り戻してほしい(?)と思う。最後まで付き合います(たぶん)。


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ちょっとドキドキする [マンガ]

先日、雨の中を久しぶりに「まんがミュージアム」へ行った。色々気になるのがあるかなあと思って物色していたが、結局、昔の名作よりも最近発売されて話題になっているものの方が気になって、幾つかの1巻を読み、いくつかはついていけず(何かは内緒)、またいくつかは面白くて、そのまま最後まで読んだり途中まで読んだりする。一緒に行った相方さんは、ガッツリ読んで、残り5冊がミュージアム内になく、結局帰りに5冊購入。

にしても凄い人の数だった。外国人観光客も結構多い。みんな、漫画好きだなあ。みんなに好かれたなあ、漫画。そして、ここ来るたびに思うけど、なんかニオイが小学校過ぎて、まあ元小学校の校舎だから当然と言えば当然なんだけど、階段のところで座って漫画読むとか、ちょっとドキドキする、それがまた良かったりして、面白い施設。


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涙のうんちく [マンガ]

今日、何とはなしに調べていて知ったのであるが、涙には幾つか種類があって、怒ったり悔しかったりする時に流す涙は、興奮状態から交感神経を刺激して、絞り出すように流れるためナトリウム濃度が高く、つまり、なめるとしょっぱいのだそうだ。逆に感動したり嬉しかったりした時に流れる涙は、比較的リラックスした状態で副交感神経が刺激されて流れるもので、涙の量も多く、ナトリウム濃度が薄く、水っぽいのだという。

それで、どちらにしても、そういった感情に左右されて流れる涙にはストレス物質が含まれているのだそうで、つまり、「泣いてスッキリする」とはそういうことなのだそうだ。

「へー、なるほどー」と思って相方さんに教えると、「それ、『おお振り』で言ってたよ」と一蹴された。「おお振り」というのは、「おおきく振りかぶって」という、高校野球を題材にした、私も愛読している漫画である。「え!? そんなのあったっけ!?」と少しじっくり考えて、ようやく、夏の予選で敗退した時に監督が「涙を流してスッキリせず、その悔しさを練習にぶつけるよ」みたいなシーンがあったことを思い出したのだったが、何が凄いって、さっきの涙のうんちく話で「おお振り」が真っ先に思い浮かぶ相方さんの漫画脳が凄いよ。


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色褪せない [マンガ]


"陰陽師 玉手匣 1 (ジェッツコミックス)" (岡野玲子)

平安時代の世に溢れる魑魅魍魎を陰陽師・安倍晴明とその友人・源博雅のやり取りをベースに描いた「陰陽師/岡野玲子(原作・夢枕獏)」という漫画があり、好きでずっと読んでいたのであるが、最近、新シリーズが始まって、その1巻が発売されたというので慌てて購入。ただ、「好きでずっと読んでいた」といいつつ実は旧シリーズの最終巻を未だ読んでいなかったことを思い出したので改めて読もうと思ったものの、これ、今さら最終巻だけ読んでもきっと全然意味がわからないだろうと思い、それで、改めて旧シリーズの1巻から読み返し始めたのだった。そして、これがまた鬼面白いので驚いている。1巻が出たのは10年近くも前の作品なのであるが、全然色褪せないなあ。

そんなわけで、私はまだ読めてない新シリーズであるが、相方さん曰く「前シリーズを上回る面白さ」だというので、今から読むのが楽しみである。いや、本当に。旧シリーズの途中で挫折しなければ良いのであるが(後半、話が難しく抽象的になってくるので、挫折しがち)。


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あの1ヶ月間のことを [マンガ]

久しぶりに購入したマンガを、久しぶりに熟読。

松本大洋氏の「Sunny①」は、施設に預けられたコドモたちの話。「鉄コン筋クリート」のシロとクロ、「ピンポン」のスマイルやペコのルーツとも言えるお話。まだ始まったばかりだけど、凄く引き込まれる。

「おおきく振りかぶって」の最新刊も購入。前巻までのストーリーをすっかり忘れてしまっているので、改めてその前の巻を読むも、そこもウロ覚えで、結局、その前の5〜6冊をガッツリ読んでしまった。面白いのは面白いのであるが、主人公のいるチーム以外の高校がわんさか出てきて、登場人物を追いかけるのに必死である。

しりあがり寿さんの「あの日からのマンガ」も、発売時からツイッター上ではかなりの高評価で気になっていたので購入。ドキドキしながら読了。あの1ヶ月間のこと、あの時感じたキモチを風化させないためにも、たまに読み返そうと思う。


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マンガという文化 [マンガ]

今日は文化の日にちなんで入場料が無料だというので、京都国際マンガミュージアムへ出かけることにしたのだった。

コドモを連れて行くとゆっくりマンガが読めない(当たり前)ということで、今回は、午前中に私が一人で行き、昼ぐらいを目指して相方さんにコドモを連れて来てもらって、しばらく一緒にご飯を食べたり館内で過ごしたりした後、相方さんを残して、先に私がコドモたちを連れて帰るという時間差でご機嫌を伺おうと計画。おかげさまで、2時間弱の間に「ジョジョの奇妙な冒険/荒木比呂彦」や「絶対安全剃刀/高野文子」など、気になっていたマンガを少し読めて楽しかったが、家に帰ってからアレも読みたかった、アレも読めばよかったという作品がザクザク思い出され、これ、2時間ではやっぱり全然足りないのだった。ちなみに、相方さんは「Nana」を読んだらしいが、1巻を読んでいる間に他の人が残りの2巻以降をざっくり持っていかれて困っていたら3巻だけ返ってきたので3巻を読んだと話していた。まあな、入場無料で人も多かったから仕方あるまい。

というか、こういうところへ行くと、自分が読みたいのももちろんだが、他の人がどんなのを読んでいるのかを見るのもちょっと楽しく、大抵は「ああ、アレ読んだことある」とか、「タイトルは知ってるなあ」とかいうのが多いのであるが、ふと見たおじさんが読んでいたのが「ジゴロの星座」というマンガで、それ、一体どんなマンガなんだと凄く気になったのだった。

正午から紙芝居が始まり、ちょうどそのタイミングで相方さんとコドモが到着。紙芝居のおじさん(といっても、たぶん私と同い年ぐらい)の、めっさ良い声に惚れ惚れしながらコドモたちと一緒に鑑賞する。その方、普段は紙芝居のワークショップなんかもやっているそうで、そこで小学生が作ったという超くだらない4コマ紙芝居(というか、4コマですらなかった)にコドモたちは爆笑していたのだったが、個人的には、おじさんが話してくれた、ご高齢のおじいさんが4枚で書き上げたという「私と糖尿病」という紙芝居が気になって仕方がないのだった。おじいさんが気に入って持って帰られたそうで、現物を見られなかったのが残念である。

マンガミュージアムには中庭があって、館内のマンガを持ち出して中庭で寝転がって読む人も多いのであるが、お昼は、近くのお店に入って食べようかと思ったものの、それもなんか面倒になり、結局ミュージアム内のその中庭にコンビニで買ってきたパンやおにぎりを持ち込んで食べ、絵本コーナーでコドモたちを自由に放牧。適当に体力を発散させた後、相方さんを残してコドモたちを連れて帰ることにしたのだった。コドモたち、疲れてグズるかもなあと思っていたら、何故か比較的珍しく地下鉄に乗ったりしたからかテンションが高く、駅から家までの結構な距離をダッシュで帰っていったので驚いた。というか、笑った。なんとまあ、無意味に体力が余っていることか。


口直しに [マンガ]

で、結局クスリが効き過ぎて丸二日間便意がないというのは、一体何事だろうか。

この間、図書館で借りてきた本が、そのタイトルと作者名(その作者の小説を読んだことなかった)から、勝手に「きっと楽しい本に違いない」と想像していたのであるが、読んだら全然違って専門学校生と講師の恋愛を描いたバリバリの恋愛小説で焦ったのだった。「どうしよう、生々しすぎて恥ずかしくって共感できない」と冷や汗かきながら読み終え、慌てて口直しにと「ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘」という本を読む。水木しげる、赤塚不二夫、手塚治虫という天才漫画家3人の娘さんによる座談会。3人のトークにも興味深いものがあったが、何より、赤塚不二夫の娘が「お薦めの父の作品」として紹介していた「レッツラゴン」という漫画が凄い。前から気になってはいたものの読んだことなかったのであるが、紹介されている数ページを読んだだけで、ちょっとどうかと思うほど面白かったのだった。このデタラメさは何だ。これが週刊誌に載ってたのかと思うと、それは確かに親が不安がるのもわからないではないものの、ただなあ、今の漫画の方が、よっぽど危なっかしいと思うのである。「レッツラゴン」の残酷さには、まだなんか、明るさがあるような気がする。ほんの数ページしか読んでないのでアレですが。


区別する材料 [マンガ]

横から次から次へと新たな仕事が現れるのでガリガリやっつけていて、先週からずっとやろうやろうとしている仕事が一向に進まない。どうしたものかね、しかし。

というか、今日は朝から地味にトラブルが発生。地味に一人でトラブル対応しようとしたら咄嗟に火に油を注いでしまって、一人で焦ったのだった。まあ、結局ほぼ一人で対応してたので、これといった影響はなく、良かったような、それはそれで空しいような。

家でずっと買ってて読んでる、とあるマンガの最新刊を読む。まだ途中であるが、やっぱりとても素晴らしく面白いものの、個人的には難点があって、それはつまり、主要な登場人物はわかるものの、これが「やや重要な登場人物たち」になると途端に見分けがつかなくなるのだった。相方さん曰く「それ、面白さ半減なんじゃ?」と指摘されたのであるが、そうは言っても、だって、登場人物がなんだかんだで結構多い割にはみんな似たような顔だったり背格好だったりしていて(失礼)、なんだかイマイチ区別がつかないんだから仕方がないと思うのである。「少女マンガじゃそういうのはよくあることだから、顔以外の色んな部分でちゃんと登場人物を識別して感情移入しないとダメ」と言われたのだったが(ちなみに、そのマンガは少女マンガではない)、そういうものかねー。どうも、そういうマンガを読み慣れていないので難しいのである。

ただ、思うに、きっとそういう人は結構いると思うのであって、それはせっかく面白いのに、もったいないとも思うのである。いっそ、全員、セリフの語尾にクセを付けて、必ず語尾が「〜でヤンス」の人とか、「〜でおま!」の人とかばっかり出てくるとか、顔のホクロの数が全員1個ずつ違うとか、そういうのでいいから、何か区別する材料が欲しいと思うのだった。まあ、もしそうなったらなったで、「何だ、このマンガ。変なヤツしか出て来ねーな」てなって、読まなくなるような気もするのであるが。


ヒシャクの神様 [マンガ]

昨日プラネタリウムに行った際に、星を探す目印としてまず「北斗七星」を探すと良いと教わったのだったが、ついでに、この「北斗七星」の「斗」という字が「ヒシャク」という意味であることも教えてもらったのだった。つまり「北斗七星」というのは、「北の空の、ヒシャクの形の七つの星」という意味であるらしい。そう言われてみれば確かにそうなのであるが、ただ「闘」を簡略化して「斗」と書くことも多いので、そっちがメインの意味かと思っていたし、それは要するに、例のあの、胸に七つの傷を持つオトコの影響も大きいに違いないと思う。

というか、「北斗神拳」って、「北のヒシャクの神の拳法」なのか。いくら強かろうが、所詮、ヒシャクかーと、ちょっと和むのだった。そして、何となくちょっと、ハンガーで闘う武田鉄矢を思い出してしまった自分が悲しい。


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