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「夕凪の街 桜の国」日和 [マンガ]

夕凪の街桜の国

夕凪の街桜の国

しばらくマンガの感想を書くのを控えていたのは、ここに感想を乗せることを意識し始めると、読みながら「感想をどう書こうか」などとつい考えてしまい、純粋な気持ちでマンガが読めないという本末転倒な状態になりそうだったからなのであるが、この作品については、読み終わった瞬間に、「はだしのゲン」とか「火垂るの墓」とか見てないで、一人でも多くの人にこの作品を読んでもらわなければならないと思いたち、それで久しぶりに感想を書くことにした次第である。

私が今更絶賛することもない、手塚治虫文化賞、文化庁メディア芸術祭大賞とかいう賞を受賞し、映画化も決まったらしい、文句の付けようもない名作である。特に「夕凪の街」は、この際、本屋で立ち読みでも良いから読んで欲しいと思う。

以下、勢いで書くので若干のネタバレも含むと思われます。ご了承下さい。

 

小学校や中学校で教わったヒロシマは、被爆者たちの焼けただれたヤケドの後や、死体の転がる焼け野原、一瞬にして廃墟と化した建物たち、止まった腕時計、何かにこびりつくウジ虫たち、などといった表層的なことばかりで、それはまあ確かに酷い状況であることは容易に理解できるわけなのであるし、「だから戦争はよくない、原爆はいけない」とすぐに結びつけておしまいとなる教育も、もちろん戦争にはそういう一面も大いにあるので決して間違っているわけではないと思うのではあるが、ただ、それはあくまでも戦争の持つある一面なのであって、「戦争とは一体何だったのか」を考えるにあたって本当に重要なことというのは、そういったヤケドうんぬん廃墟うんぬんの話ではなく、戦争によって被害を受けた人たちがどういう風に考え、どういう気持ちでその後の日々を過ごしたのか、というか、過ごさざるを得なかったのか、という部分なのではないだろうか。

少なくとも私は、この作品を読んで初めて、被爆者たちが、「『死ねば良い』と誰かに思われた」という考えに至っていたこと、被爆の数日後には死体の転がる中を平気で歩けるようになっていたこと、そして、そのことに気付いて「私が死ねば良かった」と思い悩んでいたこと、そうでありながら、誰もそのことに触れないように、何処かよそよそしく生活をしていたこと、或いは、被爆したことによっていわれのない差別を受けていたこと、などを知り、それで、もの凄い勢いで切なくなったのである。「死んで良い人なんていない」ということを猛烈に感じ、しばらく、何となくいても立ってもいられないような気分だった。仕事中にもふとした瞬間に思い出し、仕事が手に付いているような付いていないような状態で、それで最終的には体調を崩したりもした。まあ、体調を崩した直接の原因がこの作品であるわけはないが、それでも、しばらく頭をずっとこの作品が回り続けていたことは事実。それだけの力がある作品である。

いやもう、本当に。読んで下さいとしか言えないのである。


ポンチ絵日和 [業務連絡]

相方さんがイラストを載せるブログ「ポンチ絵」ができました。

少し前の話であるが、会社にやってきた取引先の営業に、ある件について何らかの提案をして欲しいと依頼したところ、彼は、なんの躊躇もなくこう答えたのだった。

「わかりました。じゃあすぐに、その辺詳しい人間にアポ取って、ポンチ絵描かせて持ってきます!」

「人間」という表現や「アポを取る」という言い回しはいわゆる定番の「オトナ語」なわけであるが、「ポンチ絵」というのは、この時初めて聞いたオトナ語だった。というか、もしかしたら彼しか使わないのかもしれないのであるが、何が凄いって、初めて聞いたにも関わらず、それが「今後のたたき台となるような、簡単な概略図」みたいなことを意味しているのであろうことが何となく想像できるってのが凄い。凄いが、だからって「ポンチ絵」ってことはないのではないか。もうちょっとなんというか、落ち着いた言い回しがあるような気もしつつ、彼の口から当たり前のように自然と出てきた「ポンチ絵」という言葉の持つ楽しげな語感に、一緒にいた課長と二人、笑いを堪えるのに必死だったことをついこの前のように思い出す私である。

相方さんが、イラストを載せるホームページを作りたいと言うので、どうせなら更新が簡単なブログにしたらどうかと提案し、それで、更新できる状態にまで設定したのだったが、じゃあタイトルをどうするかというところへ来て不意に思い出したのが「ポンチ絵」という単語だったのである。

そんなわけで、相方さんの、ポンチな絵をどうぞご覧下さい。


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ベストジーニスト日和 [ニュース]

氷川さんと浜崎さんが「ベストジーニスト2005」受賞 -NIKKEI NET 2005/09/28 17:24

浜崎あゆみはともかく、氷川きよしがベストジーニストとか言われても、そもそも氷川きよしがジーンズ履いてるところを見た記憶がほとんどない上に、リンク先の写真に写っているきよしのジーンズ姿を見たところで、それがベストジーニストと呼べるほど似合っているかどうかも微妙である。というか、リンク先の写真を何度見ても、私の頭に浮かんでくるのは、イソップ童話「アリとキリギリス」に出てくるキリギリスである。もはやジーンズですらないし、今気付いたが、そもそもキリギリスって、それ、昆虫である。人間ですらない。

いつからベストジーニストというのは、おばちゃんが好きな演歌歌手を選ぶ形式に変わったのだろうか。この調子でいくと、来年のベストジーニストは間違いなく「ペ」になると思われるのであるが、それで良いのだろうか。


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プリンタ日和 [パソコン]

ようやく涼しくなって秋らしくなったのは良いのであるが、何故か涼しくなってから毎日のように台所でゴキブリは見掛けるし、こうして日記を書いている間にも私の周りを蚊が飛び回っており、というか既に足を数カ所刺されていて痒くてしかたがないし、全く秋らしくないのはどうしたものだろうか。せっかく夏の間余り苦しめられなくて済んだと思ったら、秋になってからひどく苦しめられているような気がするのは、一体どうしたわけなのだろうか。なんか悪いことしたのか、私。

さて。今日も今日とて、なにがしかを印刷しながらの更新である。2〜3年前に買ったエプソンのインクジェットプリンタが軽快に、コドモとアカゴが寝ている隣の部屋で、ちょっとした印刷をするのでさえちょっとどころではない時間がかかるというずっと前に使っていた旧式プリンタと比較すれば劇的に静かな音量で、黙々と印刷を続けている。

B5サイズのカラー原稿を印刷しているのであるが、実は昨日からプリンタの「インク切れ」を示す赤ランプがずっと点滅し続けており、プリンタユーティリティでチェックしてみると「シアンのインクが残り少なくなりました」と言われるのであるが、「残り少なく」などと漠然としたことを言われても、こちらとしては、じゃあどうすればいいのかがわからない。なんだろう、よくわからないが、軽く一踊りでもすれば良いのだろうか。一踊りして、いい汗かけば良いのだろうか。とはいえ、インクが残り少なくなった程度で大人は軽く一踊りなど出来ないのであって、だいいち、そんなことは大人の理性が許さないのである。困った。困ったが、まあ「インクが無くなりました」じゃないから、とりあえずは大丈夫だろうという心の中の貧乏人が首をもたげて「こんにちは、おれ、貧乏。よろしくね」と自己紹介してきたため、別に、交換するインクが無いわけでもないが、ここは敢えてインクを換えずにガッツリ印刷してみようと思い立った次第である。

そして、それからもう既に数十枚。いっこうにインクが切れそうな気配は現れないのであるが、これ、ちょっと点滅するタイミングが早過ぎるんじゃないのだろうか。早め早めにインクを換えさせようという、メーカー側の作戦であるに違いないと思う。その手には乗るまいと心に誓う私である。


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披露宴日和 [コドモ]

先日の23日、姉の結婚式に子連れで出席したのだった。ちょうどお昼の12時ぐらいからホテル内の教会風スペースにて、神父による神前挙式。その後、同ホテル内の披露宴会場にて、披露宴。なんだか知らないが、新郎が公務員である関係からか何やら偉く大御所な人たちが出席しているらしく、そのおかげか彼らのスピーチがいちいち長いのだった。で、私たちはというと、その呼吸の合間の絶妙なタイミングでアカゴが「あー」だの「ぶるるるるー」だのと言うので笑いを堪えるのに必死である。というか、そういうのを聞いて、赤ちゃんがいることを考慮して早めにスピーチを切り上げてくれれば良いのであるが、彼らはそうもいかないらしく、おかげでスピーチ中にコドモは飽き出すし、アカゴは泣き出すしで、最初のスピーチの時点で既に先が思いやられていたのだった。

そもそも、家を出る前の時点で既に相当疲れていた。コドモやアカゴには、いつもと違うフォーマルな格好に現地で着替えさせるべく準備をし、出掛ける際にもそれなりな格好をさせ、かつ自分たちもフォーマルな着替えをし、まあ私なんかは毎日着ているスーツとさほど変わらないわけではあるが、相方さんはやはり披露宴ともなるとそれ相応の格好をするわけなのであって忙しく、準備が出来たら出来たで、いつもと違う靴を履いてくれないコドモを説得したり、コドモやアカゴが退屈しないようにカバンにおもちゃをチョイスして入れたりと、時間ギリギリまで慌ただしく、もう、出発の段階で既に一日分の労力を使い果たしそうな勢いなのだった。というか、使い果たしていた。

披露宴中も、隙さえあればコドモは走り回り、新郎新婦がお色直ししている間にステージに上がってみたり、新婦の友人席にひょっこり顔を出したり、廊下に出て走り回ってみたりと狼藉の限りを尽くしていた。一方のアカゴは、料理がおいしいのか、パンやご飯を与えられるがままに食べ続けていて、おとなしいと言えばおとなしいのが唯一の救いである。

その後、お色直しの後にキャンドルサービスがあり、続いて、親戚の子どもたちが新郎新婦に花束を渡すというイベントがあった。それで、恥ずかしがり屋なコドモは花束を渡すことに対して必死の抵抗を見せ、新郎新婦の前で床に寝転がったりしていたのだったが、ふとした瞬間に激しいくしゃみをしてまるでコントのような鼻水を垂らし、本人の気持ちとは裏腹に、なかなかのエンターテイナーっぷりを発揮していたのだった。

なんだかんだと続いて最後の最後、「新婦が両親に宛てた手紙」の紹介という、披露宴のクライマックスまできて、アカゴがいい加減眠くなってゴネはじめ、コドモはコドモで何だかグズグズになってきて、相方さんとアカゴとコドモは会場の外へ出ていたのだったが、その時点で、既に午後3時半。いつもならとっくに昼寝を始めている時間であるので、いたしかたがない事態である。

結局全てが滞りなく終わったのは午後4時くらいだっただろうか。軽くみんなに挨拶したり写真を撮ったりしてからタクシーで急いで帰宅したのだったが、車中で、というか、タクシーに乗った瞬間にコドモもアカゴも即寝である。で、昼寝せずにずっと走り回ったりしてたから、これは起きるのが夜遅くになるかもしれくて、夕飯やお風呂が遅くなるやも、と覚悟してたら、なんてこたあない、アカゴもコドモも、そのまま朝まで寝続けていたのだった。まだまだ、昼寝しないと何やら大変なことになるアカゴとコドモである。


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全米公開日和 [ニュース]

先日からずっと作成中のモノは、ようやく制作作業校了で、まさに現在印刷中である。印刷結果の様子を気にしつつ、久しぶりにゆっくり日記を書こうかと思ったのであるが、その前にこれだけ忘れないうちに。

「真夜中の弥次さん−」来夏米国で公開 -2005/9/25 08:32 日刊スポーツ

宮藤官九郎初監督作品「真夜中の弥次さん喜多さん」が、全米で公開されるらしいというニュースである。で、アメリカの配給会社社長・シラベラ氏曰く

「(前略)何といってもストーリーがおもしろく、笑いが止まらなかった」と絶賛した。
のだそうであるが、えーっと、あのー、なんというか、これ、そんな「笑いが止まらないほどストーリーが面白い」映画だっただろうか。私も劇場で一度だけ見たが、もちろん宮藤作品であるからして、笑いを喚起させる演出はそこかしこにあったわけなのではあるが、だからといって、全体的なストーリーとして見て「笑いが止まらないほど面白い」ってことは絶対ないと思うのであるが、いかがなものだろうか。むしろ、どちらかといえば、なんか地味に、心にじんわりと何かが染みいるような、なんだかよくわからない感情を刺激させられるような作品だったと思ったのであるが、それは私の気のせいだっただろうか。

ただまあ、ちょんまげな人たちが、金髪だったりバイクで疾走したり金ぴかの着物で熱唱したりといった辺りは確かにアメリカ人受けはしそうな気配が漂っており、その辺りは受け入れられそうではあるが、これ、だからといって全体的なストーリーがきちんと理解されるのかどうかは結構微妙な気がする私である。なにしろ一般的なアメリカ人ってのは、わかりやすいのが好きな人たちだからなあ。宮藤さんの、まわりくどい表現が通用するのだろうか。

というか、「魁!クロマティ高校」の漫画本がアメリカで翻訳されて発売されるくらいだから、全米公開ってのも、実は大したことはないのかもしれない。というか、「クロマティ高校」を英訳して、一体何処のアメリカ人に理解されるのだろうか。


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アルファベットパズル日和 [コドモ]

我が家には、ミッフィーの、アルファベットの形をした木製のパズルがあり、コドモがそれでたまに遊んでいるわけなのであるが、とはいえ日本語すらおぼつかないコドモにとってはアルファベットというのは未知なるものであって、その形こそわかるものの、それが何を意味しているのか全くわかっていない状態で遊んでいる。その結果何が起こるかというと、アルファベットの「O」は数字の「0」、アルファベットの「I」は数字の「1」、「E」はひっくり返して「3」、あと、「S」を強引に「5」などと、わざわざ数字に変換して理解しようとする、という、何だか教育上良いのか悪いのかもよく分からないことが発生するのだった。

アカゴはアカゴで、アルファベットどころか日本語ですら「あー」だの「うー」だの「ぶるぶるぶるー(唇を振るわせる)」だのといったふざけたことしか話せないのであるが、それはそれとして、英語のパズルを見掛けるとニコニコしながらパズルの方へ進んでいくようになった。それで、進んでいって何をするかというと、必ず、「O」のパズルを手に取り、で、その後はずっと大事そうに「O」を持ちながらウロウロして遊ぶのだった。どうやら、よっぽど「O」が気に入ったらしく、朝目が覚めてふと気が付けば片手に「O」を持っている、というようなことがしょっちゅうで、何がそんなに気に入ったのかよくわからない。ただ、そうなるきっかけがあったとすれば、それは、コドモがアカゴに「はい、0歳だから、これ」と言いながら「O」のパズルを何度か渡していたという事実なのであるが、とはいっても、それってせいぜい2〜3回の話だと思うのであるが、そんなにずっと覚えてたりするものなのだろうか。

というか、「O」を持って得意気なアカゴが、ただただ可愛い、という話である。親バカで申し訳ない。


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観測衛星日和 [コドモ]

さすがに9月も後半になり、朝晩めっきり涼しくなってきて過ごしやすくなってきたわけなのであるが、書いておいてなんだが「めっきり」の意味がわからない。なんだ、「めっきり」って。

夜涼しくなってきた途端にコドモがおねしょを始めたのは、要するに、寝汗をかかなくなったからだろうと思う。でもまあ、だからといって二日連続というのはどうかと思うが、ただ、コドモの場合、おねしょした瞬間に目覚めて私や相方さんに教えてくれ、そのまま朝まで寝続けることはないようで、つまりは自覚症状があるので、きっと近いうちに治るだろうと希望的観測を立てている。もう、観測衛星を飛ばして、日夜衛星写真でおねしょの治り具合を監視していたいような、或いは「おねしょ注意報」的なものを政府に発令して頂きたいくらいの気分である。警報が出たら近所の小学校に避難、というのはさすがに行き過ぎだとは思うが、まあ、水分は控えさせるとかなんとかいったくらいの対処は取れるわけなのであって、意外と需要はあるのではないかと思うが、要するに、夜中に起こされるのは面倒であるので、出来るだけ早く、なんなら明日にでも治して頂きたいと思うわけなのである。

昨日、正確に言うと一昨日の23日は、姉の結婚式並びに披露宴があり、家族総出で出席したのだった。ここしばらく、何かを作成中とかいうことを日記に書いているが、それが、この結婚式や披露宴とは全く一切関係がないことは、今日もその制作作業をしつつ日記を更新していることからも明らかであるって、それ、私にしか分からない明らかさではあるが、まあつまりはそういうことなのであって、それで、結婚式や披露宴の様子は書き出すと異常に長くなりそうなので、また明日にでも書こうと思う。他にも書こうと思って書いていないことがまだまだあるが、それもまた。


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まとめずに書いてみる日和 [雑記]

昨日に引き続き作業中。とりあえず初版が完成したので一段落である。とはいえ、もう少し手直ししたい部分もあるので、余談を許さない状況である。

もういい加減眠いのではあるが、そして、私の場合、日記は大抵、明確な「書きたいこと」を想定してから書き始めるわけなのであるが、今日は試しに、まったく何も考えずに、正確に言えば書きたいことを思いついていない状態で書き始めてみた次第である。

そういえば、最近になって、私の学生時代の友人たちがこぞって日記を書き始めたのは、やはりブログの普及が理由なのだろうか。確かに、わざわざHTMLを編集してFTPでアップロードとかしていた頃に比べれば更新の手軽さは圧倒的であるし、リンク貼ったり貼られたり、或いは過去記事の管理なんかも勝手にやってくれるし、更新連絡だって勝手にできるし、なんか、よくよく考えれば、凄いことになっている。この調子で行けば、そのうちブログが勝手に記事書いて更新し出すのではないかと、不安である。管理人の文体や友達を覚えて、それでなにがしかの影響を受けて、勝手にブログを更新し始めるのではないか。或いは、勝手に友人の記事にトラックバックし出したりとか。あ、これって、ポストペットじゃないか。そういえば、なんかポストペットのウェブメール版か何かが開発されていて、もうすぐリリースされるとかいうのを見掛けたが、アレは一体、どういうサービスなのだろうか。

ポストペットを作った八谷和彦さんという人は、今は、「ナウシカ」に出てくる「メーヴェ」のような一人乗りジェットグライダーを作ったりしておられるのであるが、彼がポストペットを作る前だから、かれこれ10年近く前だと思うのであるが、当時まだインターネットが普及し始めた頃に、「メガ日記」と称して、多くの人に同時期に毎日日記を書いてもらって、それを一カ所に収集して公開するというようなプロジェクトをやっていたのであるが、それが、要するに、今のブログの原型のようなものではないだろうか。細かいことを言えば色々あるとは思うのであるが、私の頭の中ではそういう感じで繋がっている。

私がホームページ上に日記を公開し始めたのが2000年10月である。ちょっと今リンク切れしているので、当時の日記を見る術はないわけではあるが、私の手元には全て残っていて、自分で編集しなおして公開するつもりではあるのであるが、何せ、開始から数年間は365日、のべつまくなし毎日分の日記を書いているのであって、ざっとその数、1000本オーバーである。ちょっと膨大すぎやしないか。というか、もはや、何を書いていて何を書いていないのかがわからない。書こうと思って書いていないこともあれば、書いたつもりもないが書いていることもあるだろう。というか、書いた内容はともかく、その言い回しはまったく覚えていないことがほとんどで、大抵は数年後に読み返して、くだらない言い回ししてるなあと我ながらあきれるのである。まあ、1年後の自分が恥ずかしくなく読める文章を書くよう心掛けていると、どうしてもそうなってしまうらしい。

そういえば、八谷さんが、やはり10年近く前からアイデアを公開していた、車のお尻部分に付けてハンドル部分で操作するという、車用のしっぽ「サンクステイル」というのがあるのであるが、確か最近になってようやく製品化されたというのをニュースで見たのだった。なんか、車持ってないけど、欲しい。

全然関係ないことを書き始めるが、普段、我が家の食パンは6枚切りなのであるが、今朝はたまたま6枚切りがなかったので5枚切りを買ってきていたのだが、久々に見る5枚切りの食パンは、もの凄く分厚くて驚いたのだった。もう、携帯の取説みたいな分厚さである。というか、携帯の取説が分厚すぎであるが、あれ、ツーカーのお年寄り向け携帯でも、あんなに分厚いのだろうか。

何も考えずに指だけ動かしていると、こういう日記になるらしい。なるほど。勉強になる。


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便器のハエ日和 [雑記]

ちょっと今、わけあって、あるものを作っていて、それに結構な心血を注いでいる関係上、日記の更新がおろそかになりがちであることをご了承ください。

なので、うろ覚えのまま何も調べずに書くが、この間、何かのテレビ番組で知ったのであるが、何処かの国の空港で、男子トイレの小便器の、ちょうど、中心部から少し外れたちょっと良い位置に、おもむろにハエの絵を印字したところ、その空港のトイレ清掃費が数千億円とかいうレベルで削減されたのだという。

オトコという生き物がいかにくだらない生き物であるかを如実に表したエピソードであるが、このエピソードが面白いのは「場所が空港である」という部分であって、つまり、その国の男性だけではなく、全世界的に、オトコは便器にハエを見つけると狙いを定めるのである。オトコは所詮、便器のハエに狙いを定めて、それでなんか、ちょっと良い感じなのである。くだらないよなあ、オトコって。


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